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 僕の下宿から大学まで自転車で約10分かかります。
急げば6、7分で行けるかもしれませんが、複数の信号をうっかり見逃す必要があるので大変です。
そんなことはせず、のんびり10分走るのが良いのです。
この自転車で10分というのは、遠過ぎず、近過ぎず、ちょうど良い距離だと自負しています。
なぜなら、僕の心が急激に切り替わるのを防ぐ、クッションの役目を果たしてくれるからです。
まだ目ぶたが開ききっていない朝でも、この10分間の軽い運動によって少しずつ頭がクリアになっていきます。
部室で麻雀や囲碁に負けていらいらしていたとしても、下宿に帰るころにはどうでも良いという気分になります。
このクッションとしての10分間は僕の生活の中で、少しだけ重要な役割を果たしているのです。

 さて、今朝のことです。
僕は目が覚めて、昨日のことを思い出して不快な気持ちになりました。
というのも、実は新歓用のビラを、数か月前から後輩に作るように言っておいたのですが、
昨日の夕方、当然できてるものだとしてその後輩にメールをしたところ、なんとまだだと言うのです。
僕は怒りを通り越して呆れてしまいました。だって配るのは2日後なんですよ。この時期は印刷所も混むというのにどうするのでしょう。ちゃんと春休み中に作れと、何回も念を押していたのに……
僕は、
「ビラは犠牲になったのだ……怠慢の犠牲……その犠牲にな…(怒)」
 というメールを書いたあと、少し考えて消して、
「お話があるので、明日の10時にボックスに来てね(ハート)」
 と送りました。携帯のボタンを押す僕の指は、怒りで震えていました。明日、何て言って懲らしめてやろうかという思いが、頭をぐるぐると駆け巡り、首筋を通り、胸を揺さぶり、胃で少しとどまったあと、右足に達したところで本棚に小指をぶつけ、痛みで悶絶するとともに、さらに奴への怒りがふつふつと湧いてきたのでした。

 そのようなことがあったため、普段に増して朝の僕は不機嫌だったのです。
嫌な気分を洗い流すためにシャワーを浴びたのち、時計を見るとまだ8時でした。
約束の10時にはまだ時間があります。しかし家に居ても特にすることも無いので、早めに部室に行ってマンガでも読んで待っていることにしました。
僕はいつものように家を出ました。そして自転車に乗り、大学に向かって走り出しました。
もう4月だというのに肌寒く、空はどんよりと曇り、雨も少し降っていました。

 ムカムカがおさまらないまま2分ほど道なりにいったとき、僕はふと思いました。
(もう桜が咲く季節なのか。ひきこもっていたら気付かないな。そういえば、あの神社の桜はどうなっているだろう。)
 あの神社というのは、通学路からは少し離れた、ゴミゴミした住宅地の中にある古い神社のことです。
僕は以前、自分の住む町くらいは知っておこうと思い、あてもなくぶらぶらと歩きまわったことがあるのですが、その時に偶然見つけたものです。
神社の名前と場所はすでにあやふやでしたが、みすぼらしい鳥居をくぐって右手にあった、とても立派な桜の木は、はっきりと覚えていました。当時はまだ11月だったので、葉の枯れ落ちた、それでいて堂々とした木の幹を眺め、桜が咲いたら見事だろうな、と思ったものでした。
(約束の時間まで結構あるなぁ。ひさしぶりに行ってみるか。)
 そう決意した僕は、通学路をそれて、いつか通った住宅地の中に入って行きました。

 僕はすぐに見つかるだろうと高をくくっていたのですが、目的の神社にはなかなかたどり着けませんでした。京都の町は碁盤目状だから分かりやすいという話を聞きますが、それは大通りだけの話で、小さな通りや路地などは同じようなものがいくつもあって、とても覚えにくいのです。僕は自分の記憶を頼りに、小さな家々をかき分けて、どんどん住宅地の奥深くに入って行きました。

 30分が経ったところで、僕はすでに自分がどこにいるのか分からなくなっていました。今南を向いているのか、東を向いているのかも分かりません。吉田山を探しても、京都の閉鎖的な風土が生み出した、家々の高い塀に阻まれ、見つけることはできませんでした。ぐるぐると同じ場所を回っていた気がします。
そこは、僕の知っている少し近代的な京都ではありませんでした。平安の世から続く、自然と人の営みが生み出した、古くて新しい京都でした。
(こんな場所があったのか……)
 僕は新しい発見を後ろに乗せ、のんびりと自転車をこいでいきました。

 しばらくすると、ベンチがありました。公園とは言えない小さな空き地にイチョウの木が植えてあって、その前にちょこんと置いてあります。晴れた穏やかな日差しのもと、地元のお年寄りがおしゃべりをするような、そんな雰囲気のベンチでした。
僕は疲れたのでそのベンチに腰をおろしました。雨で少し濡れていることは、不思議と気になりませんでした。
ふう、とため息をつき、目ぶたを閉じて、しばらくの間、今見てきた町並みに思いをはせていました。

 どれくらい経ったでしょうか。ふと開いた目に飛び込んできたのは、いつか見た鳥居でした。
淡いオレンジに少し緑がかった塗料はところどころはげ落ちていて、上部が少しひび割れています。
僕は目的の神社の前に来ていました。
(あった……)
 急に立ちあがったため少し頭がふらふらしましたが、そのまま引き寄せられるように、僕は神社の中に入って行きます。鳥居をくぐるときに見えた、はげた塗料の下の木の節が、どことなく人の顔に思えました。

 神社に入った僕は、真っ先に桜の木を確認しました。しかし、それはどこにもありませんでした。あったのは、一つの切り株だけでした。
僕は切り株に近づいて、その真新しい切り口を手のひらでなでました。
ざらざらとした触感。おそらく切られてからそれほど経っていないのでしょう。
僕はそれに腰を下ろして、空を見上げました。
家を出たときと変らず、どんよりとした空がありました。
雨に濡れた切り株が、さらに濡れるのを感じました。

 しばらくそうしていると、突然後ろから声がかかりました。
「どうしはったん?」
 驚いて振り返ると、そこには腰の曲がったおばあさんがいました。僕のほうを心配げに見ています。
「いえ……、なんでも、ありません。」
 僕はそう答えました。そして少し迷ったあと、おばあさんに尋ねました。
「……桜の木は、ここにあった桜の木は、どうして切られてしまったんですか。」
 おばあさんは少し驚いたのち、視線を落としました。それは、とても悲しげに見えました。しばらくして、おばあさんは話し始めました。
「……あんの木はなぁ……この町をずうっと見とったんや。なのになぁ……この仕打ちはあかんよなぁ……」
 おばあさんは地面を見つめたまま、後ろを向きました。
「……時代なんや。あの木は時代の犠牲になったんや。時代の犠牲……その犠牲になぁ……」
 僕は、つまりどういうことだってばよ、と思いました。

 
 
 通学路に出ました。雨はもうやんでいます。僕は少し気分が軽くなって、後輩の待つ部室に向かいました。
 
 おわり
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未分類 | 23:57:54 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
おわり まで読んだ
きっとそのおばあさんは桜が切り倒されるとき
「やめろォ!」と止めたんでしょうね
しかしどこまでが真実なんだェ…
2010-04-02 金 13:39:32 | URL | gnail eguhz [編集]
流石eguhzさん… 洞察眼はかなりのもの…
この話はノンフィクションだってばよ!
2010-04-02 金 20:26:21 | URL | azfer [編集]
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